大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1131号 判決

控訴会社の事務員森下美智子が本件手形の第二裏書人欄に控訴会社の記名印及び代表者印を各押捺して、裏書の記載をなしたことは控訴人の認めて争わない事実である。

控訴人は、昭和三六年十月頃取引先である訴外渡辺靴下工業株式会社の代表取締役渡辺力雄から本件手形ほか一通と交換に、控訴人名義の約束手形の振出の依頼を受け、本件手形の交付を受けたが、控訴人は右の依頼を断り、これを返還するまでの間一時保管していたところ、控訴会社の事務員森下が誤つて本件手形に上記裏書の記載をなし、控訴人がその抹消を命じたにもかゝわらず不注意にも抹消しないまゝ、前記渡辺に返還したもので、従つて右裏書は控訴人の錯誤に基くものであるから、裏書人として義務を負わないと主張する。

しかしながら、手形行為は不特定人間を転輾流通する証券上の行為であるから、不用意な手形行為者の利益よりもなんら非難すべき点のない手形取得者の利益を重視しなければならず、従つて表示主義の優位を認めることが必要であるので、民法の錯誤に関する規定をそのままに手形行為に適用することは許されない。控訴人の上記主張事実によれば、控訴人の事務員の事務処理上の過誤に基いたものであつたとしても、控訴人としては本件手形の裏書人欄に控訴会社の記名印及び代表者印がすでに押捺せられ裏書の記載がなされたことを認識していたことが明らかであるから、控訴人がその主張のように、右裏書を抹消すべきであつたのに、誤つてこれを抹消しないまま他人に交付したものであり、従つて控訴人は裏書人としての手形債務負担の意思がなかつたものであるとしても、右手形がすでに流通におかれた以上は、控訴人主張の事由は悪意の手形取得者に対する抗弁事由となるに止まり、善意の手形取得者に対しては裏書人としての義務を免れ得ないものと解すべきである。

(伊藤 杉山 山本一)

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